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担保法制とABL ~日米比較を通じて~

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DATE
2021年05月20日

ゴードン・ブラザーズ・ジャパン ファイナンス&インベストメント
シニアマネージングディレクター  堀内 秀晃

予てより動産・債権の担保法制見直しの動きがある中で、法制審議会-担保法制部会が立ち上がり、2021年4月には第1回会議が開催された。今後本格的な議論がなされていくものと思われるが、動産・債権の担保法制はABLの実務に大きな影響を及ぼすこともあり、本稿ではABLレンダーの立場から日米比較を通じて、担保法制とABLについて論じていきたい。

アメリカABL

アメリカでは、不況期に再生ファイナンスの一環としてABLが活用されるが、これには理由がある。まず、アメリカのABLは文字通り資産(Asset)の価値に基づいた(Based)融資(Lending)となっており、融資残高がBorrowing Base(担保価値に掛け目を乗じて算出される貸出可能額)を上回らないように厳格に管理されている。もし、上回った場合は債務者に超過分を返済する義務が課されているので、債務者が倒産しても、理論的には担保余剰(Over-secured)となっている。しかも、全ての在庫、全ての売掛債権を担保とすることができる。アメリカではOver-securedの債権者には「適切な保護」(Adequate Protection)を通じて、倒産開始後の経過利息の計上が認められ、資金に余裕がある場合は利息の支払いが認められる。倒産後の新規融資であるDIPファイナンスにも在庫や売掛債権を担保とするABLが活用されているが、DIPファイナンスには、他の共益債権に優先する共益債権(Super Priority Claim)と、既存の担保権に優先する担保権(First Priming Lien)が認められることが多く、DIPファイナンスが喫損に至るケースは殆どない。

■ 日本ABL

アメリカと異なり、日本ではBorrowing Baseを厳格に適用するABLは少なく、担保価値に依存せず、在庫は添え担保となっていることが多い。
在庫担保の第三者対抗要件を具備する方法としては主に動産譲渡登記と占有改定という二つの手法があり、対抗要件具備の先後で優先劣後関係が決せられる。また、登記上の保管場所や種類等による特定が求められるので、もし、倒産時に登記された場所以外に在庫が移動されたり、登記上の種類と異なる在庫に置き換わってしまったりしていると、担保権が及ばないということ等から不安定な担保になっている。これでは、担保に依拠した再生ファイナンスを行うことが難しい。従って、コロナで業績が悪化した企業に対しても動産を担保に新規融資を行うということは難しく、寧ろ既存融資の保全目的で動産を担保に提供することを債務者に要求するような事例が多い。また、DIPファイナンスは倒産開始後の債権として共益債権にはなるが、他の共益債権と同順位であり、万一、牽連破産に移行すると満額回収できない可能性が残る。担保権についてはアメリカのFirst Priming Lienに相当する概念はなく、倒産前の既存融資に主要な資産が担保提供されていると、DIPファイナンスの担保がないことになり、同じく牽連破産に移行した場合に非常に脆弱なファイナンスになってしまう。上記により、日本では、不況期に新規のABLが事業再生ファイナンスを通じて増加するということが余りない。

担保法改正

多数の個別の論点の中で以下3点について本稿では採り上げてみたい。

(1)占有改定と動産譲渡登記

占有改定と譲渡登記が拮抗した場合、対抗要件具備の先後で優先・劣後関係が決せられる現在の制度では、先に占有改定が行われているにも拘わらず、公示性が低いために、この事実に気づかずに、譲渡登記をして融資を実行してしまうと、第二順位になってしまう。
占有改定は第三者に知られることなく遂行できるという利点があり、日本の商慣行に馴染んでいるので廃止するほどのことはないが、公示性の高い譲渡登記を公示性の低い占有改定に優先することにしてはどうだろうか。占有改定は、担保権設定者が担保権者に対して、「他の債権者に在庫を担保提供はしない」という信頼関係に基づいているが、占有改定実施後に譲渡登記により資金調達が行われたとすると、ベースになる信頼関係が損なわれていることになるので、その存立基盤を失っているとも言えるので、譲渡登記が優先するという考え方もあり得るのではなかろうか。

(2)登記上の在庫の特性や保管場所の特定

現在の動産譲渡登記では在庫の特性や保管場所による特定を要求される。融資実行時の担保権者と担保権設定者の合意事項が「全在庫」担保という条件であっても、制度上これを実行時の全在庫に近似させるように特性や保管場所を登記上記載する。しかしながら、登記と異なる種類の在庫や登記に記載されている保管場所以外に保管されている在庫に担保権が及ばないというのは、当初の当事者の合意事項に反する法律効果となってしまう。しかも、そのことによって担保価値が減じることになる。
そこで、「全在庫」という登記を現在の制度の追加的選択肢として加えることを提言したい。あくまで、追加的選択肢であるので、現在の制度が取引にそぐわない場合に使用するということであるので、現行制度を害するものではない。しかも、種類や保管場所に拘らず担保権が及ぶので担保権としても安定感が増し、担保対象物が全在庫であるので後順位担保権を観念しやすいというメリットもある。

(3)包括担保権

法制審議会の立ち上げに先立ち、金融庁が主催し筆者もメンバーであった「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会」(以下「研究会」)での審議を経て令和2年12月25日に公表された「論点整理」では、担保法制における新たな選択肢として、従来の担保権に加え、「事業成長担保権」として、事業全体に対する包括的な担保権の導入が検討されたとある。概要としては、不動産や預金等を除く主要資産である売掛債権、在庫、機械設備、ブランド等の無形資産を纏めて担保として、企業価値ベースの融資を促進しようというものである。

 

企業の主要資産を担保にした融資としてはファンド等が企業を買収する際に用いられるLBOファイナンスがあり、もし、そういった法制度ができ、簡易・安価な登記制度となれば使用されるであろう。一方で、LBOだけでなく、企業価値ベースの融資の促進という観点から新制度を見ると、企業価値の源泉がキャッシュフローだとすると、そのキャッシュフローの源泉が在庫、売掛金であり、在庫である商品を生み出す源泉として機械設備、ブランドや知的財産といった無形資産がこれに相当するので、これらを担保にするという考え方になる。この制度が中堅企業を対象にした企業金融に上手く適合したとすると、中堅企業の有担保融資レンダーは1金融機関か1シンジケート・ローンとなり、残りは不動産担保または、それがなければ無担保債権者となり、キャピタル・ストラクチャーが単純になるため、金融機関交渉が簡素化される。また、包括担保権を有する貸付人の融資残高が企業価値を上回り、無担保部分がある場合は、将来、喫損対象となる無担保部分を極小化するべく、つまり、企業価値を上昇させるべく、担保権者が借入人にアドバイスをする動機が与えられる。この制度が上手く、機能すれば効率的で実効性のある金融に繋がる可能性がある。

一方で、この制度に対しては検討点や課題が研究会でも数多く指摘された。
その中でも、包括担保権を設定した債務者が、後に業績悪化等により法的整理に至った場合、既に主要資産を担保に提供してしまっているので、新たな資金調達ができずに、破産せざるを得なくなるのではないかという懸念が多く示された。これに対して金融庁の論点整理では既存の担保権に優先する担保権が提唱されている。これは、米国の連邦倒産法のFirst Priming Lienからアイデアを得たものであるが、これがあると、主要資産を担保に提供していたとしても、その上に新たな担保権を設定することで新規の資金調達の可能性が出てくる。一方で、プライムされる側は担保権が下方遷移することになるので損をするように思うが、上にくる担保権の金額を勘案してもネットの取り分が破産した場合より、多くなるというのであれば、これを甘受するということも合理的である。加えて、米国ではプライムされる銀行団の一部がDIPファイナンスのレンダーになることで、プライムする側とされる側の利益を同じくする所謂防御型DIPファイナンスの割合が高いし、プライムされる側には審尋の機会が与えられるので、適切な保護を主張する機会も与えられている。こうしたプロセスやルールによって公平な形でDIPファイナンスが行われることで、清算や破産に至る可能性を低く抑え込み、再生の可能性を高くすることに成功しているのである。日本もこういった制度を参考にする時が来ているのではないであろうか。