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企業再生の新しい地平

コラム

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DATE
2014年06月30日

ゴードン・ブラザーズ・ジャパン  会長 森川茂治

  1. 企業再生の時代

「企業再生」は、いつの時代においても起こりうる。しかし、この10数年は企業経営史上、稀にみる「企業再生の時代」であったと言えるのではないだろうか。

2001年以降、法的整理手続きを申請した企業(負債総額1,000万円以上)はおよそ14万社にのぼり、業界を代表する企業も名を連ねた。2013年度も1万社を超え、その大半は破産や特別清算であり、社会的使命を終えることとなったが、会社更生法、民事再生法を申請し再生を期する企業も決して少なくはない。

しかしながら、再生手続きは開始したものの、計画を全うできずに再生を断念した事例も見られるし、再生計画完了に至った企業においても、その後、揺るぎない成長軌道を描き切った企業は極めて少ないのが現実である。こうした事態が生じる理由は、「事業再構築の不確かさ」にある。問題の発端はフィナンシャル問題であるが、財務改革は企業再生の必要条件であり、事業改革が十分条件となる。事業改革が不十分では再生計画を全うできるものではない。企業再生においては、財務アプローチ(BS的アプローチ)と事業アプローチ(PL的アプローチ)が両輪だ。その両方がうまくワークしてこそ企業再生を完遂することができる。

財務構造面の改革手法は、債務の返済繰延、軽減、株式との交換といった「デットアプローチ」に加え、ブリッジファイナンスやファンドマネー等の「ニューマネーアプローチ」も加わり、ここ十数年で格段に進化を遂げてきた。法制度面での環境整備が進められてきたことも後押しとなっている。他方、積み残された大きな課題が事業再生の改革手法である。財務的な諸課題が解決されれば、一端は息を吹き返すことができる。しかし、事業的な課題が解決されない限りは本質的な再生には至らないし、米国ではチャプター22、日本では企業再々生と揶揄される2次破綻のリスクが常につきまとう。

財務アプローチでの計画策定は、債権者との様々な交渉もありタフな仕事だが、合意に至りさえすれば、計画実行はテクニカルな手続きとなり、ぶれることはまずない。一方、事業アプローチにおける計画策定も決して楽な仕事ではないが、実行はもっとタフである。良く練られた計画でなければ、実行は困難を極める。そうなれば、再生計画全体が画餅に帰してしまう。再生計画を策定する際には、どうしても財務計画を優先し、事業計画が練込み不足となりがちだ。過去においては、財務アプローチに合わせる形で事業計画を安易に策定してしまうことも多かったように思う。

 

  1. 事業アプローチ

企業再生の難しさは、事業再生の難しさ、とも言い換えることができる。その難しさは何に起因するものなのか。どのような点に留意すべきなのか、事業アプローチの勘所4点を確認してみよう。

第一に、事業再生は「一過性ものではなく持続的な活動」であることを理解しておくべきだ。従って、その処方箋も対症療法ではなく病因療法的でなければならない。もちろん、初期段階では集中治療や劇薬、頓服といった応急手当も必要だが、短期的な成果だけを求めて過ぎてはいけない。事業活動は息長い活動なのだから、構造的な課題を明確化し中長期に亘って有効となる施策を早期に見出すことが求められる。

計画の多くは、「戦略に裏打ちされた構造改革」というテーマになるはずである。業界展望を踏まえた自社事業のポジショニング、主力事業と関連事業の関係、個々の事業の損益構造といった事業構造面に加え、業務統制のメカニズム、組織診断、情報システムといった経営システム面にもメスを入れることになるだろう。早期に改善が期待できる経費削減策の投入も、まずは全体を俯瞰した上で、手順が前後にならないように、より効果があがる段階を見極めた上で実行に移すべきである。

第二に、事業再生は「価値を発掘し研磨する行為」でなければならないということだ。財務アプローチにおいては、会社の短所・弱点を見抜くことが重要なのに対し、事業アプローチでは「長所を見出していく」ことが大切である。これが意外と難作業だ。事業価値の源泉はその企業の中に間違いなく存在しているが、有事には埋もれてしまっていることが多いからある。それを見出し、時代環境に適した手法で研磨し直すことが再生の肝となる。

再生計画策定時には、財務スキームを組み立てる為に不必要資産や未活用資産のリストアップが急がれる。しかし、事業スキームの観点も踏まえ、そのリストを見極めながら的確に評価するのは思いの外難しい。事業再生計画は、業界に精通した手練が診立てをした上で、処方箋を書くべきものである。

第三は、事業再生活動の実際は「ハンズオン的な地道な活動」である、という点だ。財務的アプローチは様々な方法論がほぼ確立しているのに対し、事業的アプローチは業種業界ごとに手法が異なり、その都度手探りで行っていくことが多い。同じ業種業界でも、会社が違えば取り組み手法も異なる。

財務畑の改革キーマンはどの分野どの業界であっても重宝するが、事業改革の分野でのオールマイティはなかなか見つからないだろう。製造業の事業改革に成果をあげた逸材でも、小売業の事業改革を早々には手掛けられないはずだ。再生時は、「通常とは異なるスキル」が求められる。それは頭だけのプランではなく、手と足を使い、事業現場の改革を進めていく技術でなければならない。

第四は、事業再生は「多くの従業員を動かす大衆運動」であるということだ。その為には、従業員に対する説明責任をきちんと果たしていかなければならない。会社の数値を変えるには、従業員の意識を変え、行動を変えることが必要となる。従業員は、経営陣の再生に賭ける意識と行動を常に注視しているのである。「経営陣のリーダーシップ」が平時以上に問われる。

その意味でも、一気呵成に行動できる体制を構築すべきだ。CEO直轄の新設部署に権限を集中し、改革委員会や改革プロジェクトを束ね、思い切って舵を切り直していくことになる。各部署から選りすぐった人材を集めタスクフォースチームを編成することも忘れてはならない。

 

  1. 小売業の事業再生

「全国企業倒産集計」(帝国データバンク)に拠れば、全産業倒産件数における小売業の占める構成比率はリーマンショック後、2009年16.5%が2010年17.2%、2011年18.2%、2012年18.5%、2013年19.6%と一貫して上昇し続けている。事業再生の成果が上げ難い業種の一つと言われる小売業に例をとりながら、事業再構築のプロセスと具体的な打ち手について考えてみよう。

事業再生計画の施策は「やめること」、「変えること」、「継続すること」、「新たに始めること」の4つに分類でき、その組み合わせは企業特性によってケースバイケースである。しかし、小売業の場合は、「やめること」の比重が特に高いように思う。伝統ある企業が多いこともその理由の一つであり、過去のしがらみを断ち難いという言い訳も散見される。過去の施策を温存しながら新しい施策を積み重ねてきたことで、論理矛盾が顕在化してしまったともいえるだろう。

再生局面では、新たに取り組まなければならないことが多発し、気が急いでしまいがちである。しかし、まずは、「やめること」を決断することから始めなければならない。小売事業の再構築においては、少なくとも次の4つのフェーズを考慮すべきである。この4つのフェーズを通じ事業を持続可能なものとし、次なる成長への橋渡しを行っていくことになる。

フェーズ1)事業リストラクチャリング、コア事業への集中

小売業の企業再生において、ほとんどの事例で謳われる主題が「本業への回帰」である。「創業の精神に戻る」という言い方もされる。具体的には、成長の過程で副次的に生まれた関連事業や多角化事業を整理・撤退し、核事業に焦点を合わせ直すということだ。これは、「最も経験知の高い事業に経営資源を集中する」という考え方だと理解するのが良いだろう。

関連会社の整理においては、本業との関連性に留意することが重要だ。関連のある事業や会社であっても核事業から支援を受けているケースも多く実態を見誤らないようにしたい。数値面からの判断だけではなく、本業に対しどのような付加価値を提供するものなのか、あるいは経費削減を担うものなのか、その役割機能面からも存続の可否を判断すべきである。

本業とは全く関係のない事業が存在し、経験の乏しい事業に多額の資金を投入していても、社内では誰も口出しできない状況に陥っていることも多い。聖域なき事業再構築に大鉈を振るうことに躊躇してはならない。

フェーズ2)店舗リストラクチャリング、店舗閉鎖の断行

関連会社の整理方針を明確にし、実行に移すことができれば、かなり身軽となり本業に専念できる体制が出来あがる。しかし、それで事足りるわけではない。本業の事業そのものが不振であるがゆえに、再生フェーズに追い込まれてしまう場合がほとんどだからだ。「店舗資産にもメス」を入れないことには事業再生は覚束ない。

しかし、どの店舗を閉鎖すべきかの判断は、数値分析だけでできるほど簡単ではない。動産・不動産の契約関係の押さえは真っ先に着手すべき課題である。複数の業態を抱えている場合は、さらに複雑になる。ある業態まるごとの撤退、あるエリアからの一斉撤退も考慮することとなるからだ。

エリア別、業態別に、経年数値の変化や店舗老朽化度、出店契約内容等を含め総合的に判断していくことになる。店舗のBS情報も重要な判断材料だ。店舗閉鎖、撤退戦略の巧拙が再生に大きな影響を及ぼすし、動産・不動産の上手な処理の仕方如何では大きなキャッシュフローを手に入れることも可能であろう。適切な判断を下す為には、個別に「店舗カルテ」とでもいうべきニュートラルな資料を作成し、様々な角度からの検討を加えることになる。

フェーズ3)営業リストラクチャリング、営業構造の改革

不振店舗や課題店舗の閉鎖を断行すれば、比較的状態の良い店舗だけで営業体制を敷くことができる。しかし、これでもう安心というわけにはいかない。フェーズ1)・2)は再生初期段階の活動であり、例えて言えば錆び落としの作業、負の清算に過ぎない。実は、この先からが事業再生の正念場を迎えることになる。錆び落としに対し価値磨き、負の清算に対し正の生産、「営業構造そのものの改革」がここから始まる。

商品構成・価格構成といった商品構造面の改革やそれに伴う取引先政策の変更、顧客サービス制度の再構築と顧客構造の改革、要員構造の改革とストアオペレーション政策、利のない売上の圧縮と売上構造の改革、経費構造の改革につながる業務改革等取り組みを検討すべきテーマは多岐にわたる。

どの施策がどのくらい実効を上げるかは、個々の企業の状況によって異なる。現場で汗を流しながら判断していくことになるであろう。場合によっては新業態の開発戦略を優先させる場合もあるかもしれない。

フェーズ4):業務プラットフォームの整備、マネジメント基盤の確立

小売業は、一人一人の顧客に対し、一品一品を一人一人の販売員が売っていく行為の連続活動である。この営業活動が十全に執り行われていくには、なるべく早い段階で「業務管理系の仕組み」を整え直した方が良い。フェーズ3)と同時並行で、「営業支援体制」を強固なものにしていくべきだ。

まずはサプライチェーンの問題、適正在庫の持ち方、商品部組織の在り方とバイヤーの力量アップ。社員の意識改革と能力開発計画も欠かせない。店舗閉鎖とともに人員の整理も敢行せざるをえない状況であったはずだから、人事諸制度の手直しも待ったなしだろう。更には情報システムの問題。決して手を抜くことができないテーマばかりだ。

業績悪化の要因として、十分なチェック機能が働いていなかったがゆえに問題発見が遅れてしまった、あるいは、見て見ぬ振りをして先送りをしてしまう事例が極めて多い。予算統制の問題、組織運用と社内伝達ルール、業務権限規定と決済ルール、取締役会をはじめとする会議体の在り方。こうした経営システムを刷新し、企業風土そのものを一新することで、再生計画の持続性が担保されることになる。すぐには着手できないことも多いだろうが、基本方針だけは早期に明確にすべきだろう。時間のかかる問題であればあるほど、着手を急ぐべきである。

 

  1. 終わりにかえて

現状どんなに業績好調で優秀な企業であっても、この先何時いかなる時も順風満帆というわけには行かない。程度の差こそあれ、転機は必ず訪れるだろうし、難局に直面することもあるだろう。例外はないと言ってもまず間違いはない。

時代の変化は急速であり、変化の風向きは常に同じではなく、変化のスピードも加速していく。その強風下、舵取りが上手くいかず、ひとたび再生のフェーズに入ってしまったら、今までその事業を担ってきた人だけでは事業再生を全うするのは覚束ない。事業会社には、この手の問題に対処できる人材は乏しく、株主も黙っていないし債権者も嘴を容れてくる。

そうなる前に、そうならないように、業績が良い時にこそ、積もり積もった垢を落としきり、溜まりに溜まった膿を出し切るのが良い。習い性として行っていた旧習を思い切って改めるのが良い。鍵となる数値項目とその基準値の変更に取り組むのが良い。こうした企業行動の変化が社員の意識を変え、業績を変える。

企業行動を変えるには、企業トップによる「指示命令の変更」がなにより効果的である。更に、キーマン層に対する「教育の追加」が加わればその効果は相乗される。このトップダウンとボトムアップは、企業再生時のみならず平常時においても企業変革の原動力となるはずだ。