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半導体生産不足で思うこと

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DATE
2022年04月19日

GBJアドバイザリーボードメンバー 伊原 保守

 

トヨタ自動車勤務時代に東日本大震災でのルネサス社支援、タイ洪水でのローム社支援をした経験から今の半導体不足、台湾TSMCの日本進出について、私の思うところをお伝えできればと思います。

東日本大震災、タイ洪水

(1) トヨタの対応方針
2011年東日本大震災時、当時私はトヨタ自動車の専務で調達本部長をしていました。大震災が起きた日から対策本部を立ち上げ毎日対策会議を開催し、まずは調達、生産、開発関係者全員にトヨタの伝統ともいえる不変の大方針を徹底しました。それは、「一に人命、二に地域社会、三にトヨタの生産」です。間違っても人命や地域社会を、無視し、トヨタの生産を優先しないことです。これは、阪神大震災からも受け継がれてきたトヨタの伝統ともいえる大方針です。

(2) 品目別の徹底掘り下げ
まず、各地の工場の被災状況を入手し、そこはどのメーカーの何の部品を生産しているのかを調べました。次にその部品の在庫状況を調べていつ頃生産に支障がでるかを調査、支障が出る場合は代替可能か、新規開発、生産可能かの検討を1点1点毎日フォローしました。また、被災した工場には人を派遣し、水、食糧を持参し、まず被災された方々の困り事を片付け、その後生産の再開に必要な支援を実施し、生産再開時にはすべて稼働可能かを現認し、部品の生産再開をしました。この時調査・訪問した拠点数は659拠点、部品数は1290品目に及びました。

(3) クリティカル部品
その中で最もクリティカルな部品はルネサスの半導体でした。地震直後にルネサス役員とすぐ打ち合わせをし、トヨタ、日産、ホンダの自工会チームを結成し、那珂工場支援に入りました。

(4) 半導体生産必要設備
半導体生産は前工程と呼ばれるウエハーの生産と後工程と呼ばれるウエハーのカット、チップの組付に別れます。前工程でウエハーを生産するのに必要な「露光機」と呼ばれる特殊な設備が損傷しており、新規に製作していては半年以上時間がかかるため、どうしても修理しなくてはいけない状況でした。

(5) プロフェッショナルのサポート
トヨタのTPSの神様の林技官が露光機を生産しているキャノンの御手洗社長に直訴し、修理のプロフェッショナルを派遣していただきました。これにより、通常では1年かかる復旧を3か月で成し遂げ、当初復旧は12月と言われていたより6ヶ月も早い6月には生産を再開することができました。

(6) 自動車生産台数
ルネサスの半導体生産復旧により、自動車の生産は増加し、年末には当初の計画を上回る生産を達成しました。

(7) タイ洪水
また、この年の10月にはタイの洪水が発生し、ローム社のダイオードなどの半導体の素子部品がストップしました。ルネサスを支援した自工会チームが支援し、タイローム工場すべての設備、治具、従業員をフィリピンマニラ工場に移設し、12月上旬にはマニラで部品生産を再開しました。

 

■ 半導体供給

(1) トヨタの半導体部品対応
半導体のウエハーを作る前工程は生産のリードタイムが4〜6ヶ月かかります。私はこのルネサスとロームの痛い経験から、在庫は持たないトヨタ生産方式を捨て、2012年からトヨタは半導体部品については4ヶ月の在庫を持つことに決めました。半導体生産に関わる仕入れ先に倉庫代、金利をトヨタが負担し、半導体の在庫持つことをお願いし、徹底しました。このおかげでトヨタは他社と比べ供給能力にかなり余裕があり、供給能力の差でアメリカで販売ナンバー1になることができました。

(2) 世界の半導体生産
実は半導体はインテル、サムスン、ルネサスのような「統合デバイス」と呼ばれる開発、生産、販売をしている会社と「ファンダトリー」と呼ばれる自前の開発はせずに生産だけをする生産専門会社に分かれます。ファンダトリーの代表的な生産専門会社が台湾の「TSMC」です。実は統合デバイス会社も一部をTSMCに生産委託をしており、何とTSMC一社で世界の半導体の6割を生産しています。

(3) EMS ( Electric Manufacturing Service )
EMSと呼ばれる家電の電子機器の製造を受託する企業では、シャープを買収した鴻海(ホンハイ)が有名です。ファンダトリーは半導体のEMSと言えると思います。日本でEMSが広まったのは、2000年にソニーがソレクトロン社に製造を委託したことがきっかけだと言われています。

(4) TSMCの日本進出
世界的半導体メーカーの台湾積体電路製造(TSMC)とソニーグループ子会社のソニーセミコンダクタソリューションズは2021年11月9日に、熊本県に半導体受託子会社を設立して2022年に新工場建設を始め、24年末までの生産開始を目指すと発表しました。当初の設備投資額は約70億ドル(約8千億円)になる見込みで、日本政府が半分補助し、ソニー側は約5億ドルを出資し、20%未満の株式を取得するそうです。

 

■ 私思い

(1) TSMC進出
個人的にはこのTSMCの日本進出ニュースを聞き、日本の電子機器の生産をいち早く海外に委託したソニーが、今回TSMCに出資することに違和感を感じました。また、何故日本のルネサスではなく、台湾メーカー進出に日本政府が高額な補助金を出すのかも疑問です。これはアメリカ、中国と違い経産省に「日本のメーカーに国際競争力をつけさせる」という観点が無いからだと思います。

(2) サプライチェーンの確保
また、今や半導体は自動車のコメではなく、世界の電子部品の要になりました。半導体の調達能力が産業界の競争力を決めてしまうこのいびつな状況を正常化するためには、早期に日本での半導体の供給能力の確保が大切です。しかし、いまや材料、部品の調達は世界各国からされており、ロシア・ウクライナ戦争をみても何が起こるがわかりません。こんな中で自動車会社の調達は自分の生産している車はどこの誰が入手した材料、部品を使用しているのか把握しておく必要があります。トヨタは大震災以降、サプライチェーン調査を進め、今は世界や日本で地震、洪水が起きた場合どの部品、材料が影響を受けるかかなり分かるようになっています。私はサプライチェーンでは「鉄、アルミ、銅などの材料」「レアメタル」「コンビナート系の化学品」「半導体」の4つの分野が大切だと思います。特にコンビナート系の化学品については、鉄、アルミ、銅などの材料よりも商社、問屋任せが多く最終製造メーカーとの接点が少なく、サプライチェーン対策は不十分です。BCPの観点から、更なる徹底したサプライチェーン調査・対策をしなければ安定供給は可能にならないと思います。