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包括担保制度の位置づけ

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DATE
2022年06月01日

ゴードン・ブラザーズ・ジャパン 
ストラテジックソーシングオフィサー  堀内 秀晃

 

2021年春に法制審議会-担保法制部会が立ち上がり、2021年4月以降、本年5月で17回を数える。主たる内容は動産や債権を対象とする担保に関するものである。一方で、金融庁が主催し、筆者もメンバーであった「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会」においてなされた議論をベースに、2020年12月に「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会 論点整理」、2021年11月に「同論点整理2.0」が公表され「事業成長担保権」という名称で包括担保制度の導入が提案された。斬新な制度で様々な意見が寄せられており、未だ検討を要する点も多々あるが、本稿では実務家の立場から包括担保制度の位置づけ等について考えてみたい。

 

包括担保制度の概要

包括担保制度とは、担保物の種類によって、質権、譲渡担保、抵当権といった別々の手法による担保権(以下「個別担保」と呼ぶ)の設定がなされているところを、一括で借入人の総財産について担保権が設定されることを可能にする方法で、英語ではBlanket Lienと呼ばれる。個別担保を積み上げて、総財産担保に近づけることは可能であるが、個別担保では暖簾を担保にすることができない点が包括担保と大きく異なる。つまり、個別担保は飽くまで有形資産を主体とする個別の資産の担保の積み上げであるが、包括担保の概念は総財産の中に暖簾が含まれることから、企業価値を担保としていると言える。従って、個別担保の評価額が、現預金、売掛債権、在庫、機械設備、不動産といった担保物のカテゴリー毎の評価額の総和であるのに対して、包括担保の評価額は借入人のキャッシュフローまたはEBITDA(償却前金利前利益)をベースに算定される企業価値となる。企業価値は算定根拠が変動することから、キャッシュフローや企業価値を導き出す際に使用される乗数(マルチプル)、ディスカウント・レート等が変化したりすることで大きく変動する。場合によっては、企業価値が個別担保の価値の総和を下回ることも考えられる。この場合は包括担保の評価額は個別担保の評価額と等しくなることになる。

 

実務家にとっての法制度

どのような法律も十分な議論や検討の上に成立しているが、実際には成立後の使用頻度等によって様々な評価となり得る。筆者は一人の実務家として、金融を促進するための法制度については以下の4つのカテゴリーに分類して考えている。

① 利用されない法制度
② 過去の判例等を条文化した法制度
③ 従来の法制度でも取引が可能であるが、新たな制度の導入で取引が至便、安価に実行できるようになる法制度
④ 利用により実務の変更を伴う法制度

①  利用されない法制度とは、ユーザーサイドに当該法律や制度に対するニーズがないか、ニーズ自体はあっても費用や手続きの面で何らかの問題があり、利用するに値しない法制度ということである。こういった法制度は実務家にとっては余り意味のないものと言える。

②  判例等を条文化した法制度は、実務家にとっても大変意味がある。それは、判例はあくまで個別事例に対するもので、これをどこまで一般化できるかについては意見が分かれる場合があるが、条文化されることで明確化され、法的安定性が増すからである。先の債権法改正で「将来債権は譲渡可能」としたものがこれに相当する。つまり、元々、現存する債権に加えて将来債権も譲渡可能という前提で、金融実務が行われていたので、決して新たなルールや新たな理解ではないが、明確になったという点で評価されるべきである。

③  これは、ユーザーの潜在需要を喚起する法制度である。ガラケーしかなかった時代にスマホを投入するようなものである。ユーザーから、こういった法制度が是非欲しいというニーズが言われているわけではないが、あれば便利なので使うという法制度である。占有改定や通知・承諾で担保設定をしていた中に譲渡登記の制度を持ち込んだのがこれに相当する。この制度が上手く機能するには、決して前の制度を否定したり、なくしてしまったりすることを意図しないところが重要である。あくまで、追加的選択肢として新たな法制度を導入すべきである。新制度が本当に至便であれば、置き換わっていくであろうし、旧制度の方が適切なケースがないとも限らない。現に、今もってガラケーを使用している方もいる。

④  この段階は➁、③より、高いレベルが求められる。それは、➁、③は法律の改正や制度の導入によってその目的を達成するのに対して、④は、新たな法制度を利用する際に従来と金融実務が変更されることが必要になるからである。従って、新たな法制度を導入しても、必要な金融実務の変更が行われないと法制度そのものが利用されないということになり、結果的には①のカテゴリーに陥ってしまうリスクがある。先の債権法改正において、「譲渡制限特約付債権の譲渡が有効」とされたことがこのカテゴリーに相当する。つまり、譲渡制限特約付債権の譲渡が有効になっても、担保権者がこの担保権を有為な担保権と評価し、また、当該債権の譲渡によって譲渡制限特約違反に該当することになっても、担保取得し、担保価値を認めることで融資を行うという金融実務の変更を行わないと利用されないということであった。弊社では従来は担保価値を認めていなかった譲渡制限特約付債権を担保として融資を行っているので、④に該当することになる。

 

包括担保制度の位置付け

包括担保制度は上記のカテゴリーのどこに位置つけられるのであろうか。個人的には同制度の利用法は大きく分類すると下記の2通りあると考えられ、③及び④と考える。

第一は既に既存の個別担保制度を利用して全資産担保または類似の状況を創り出しているケースである。被買収先の資産を担保に融資を行うLBOファイナンスがこれに相当する。LBOファイナンスに包括担保制度が適用されると1つの担保契約と1回の登記で全資産が担保になり、ユーザーからは非常に使い勝手よく至便な制度と受け止められるであろう。また、無形資産が担保になることで、より、企業価値を担保にすると言う概念に近づくことも可能である。

第二は事業成長担保権の主たる目的である企業の再生・成長を促進する融資、企業価値をみた融資である。この場合は、金融機関が今までのように無担保、不動産担保、個人保証、公的保証に依存することなく、借入人に企業価値がある(自己査定において正常先である)時点で包括担保制度を利用するという金融実務の変更が必要になる。これが行われず、金融機関が従来の手法を取り続けると利用されない制度となってしまう。

つまり、包括担保制度は二面性を有しており、本来の目的は④のレベルであるが、これは金融実務の変更を要するという点で実現のレベルが高い。一方で、必ず③のレベルには達するという特性を備えている。つまり、①に陥る可能性は殆どないとみて良いのではないだろうか。

 

企業価値担保の課題

包括担保制度が達成しようとする企業価値担保が実現するためには、再建型法的整理において、企業価値が個別資産価値の総和より大きい場合に、担保評価額は企業価値とする、つまり、企業売却代金は一部の優先債権を除いては、包括担保権の被担保債権が完済になるまで、原則、同被担保債権の弁済に優先的に充当されるというルールが必要になる。借入人が経営危機に瀕した時点で担保の効果が顕著になるので、この場合の別除権、更生担保権がどういった手法で算定されるかが重要で、平常時に企業価値が担保になるとしていても、いざという時には担保評価額は個別資産の価値しか算入されないのであれば、意味がない。

実務上は、この担保権を導入するとすれば、前向きな資金調達に利用される担保権であるという一種のブランディングも重要になると考えている。つまり、包括担保制度を利用する借入人は倒産の危機に瀕している企業であるといったネガティブな印象を払拭できないと、法制度が利用されなくなるからである。名称はそういった意味でも非常に重要である。LBOが全資産担保であるにも拘わらずネガティブなイメージがないことから、個人的には英文のネーミングがよいかと考えるが、何れにせよ、純粋法制度面だけではなく、利用局面とその頻度から醸成されるイメージにも気を配る必要があるであろう。

 

■ 終わり

包括担保制度は非常にユニークな制度で多面性を有することから検討に値する一方で、要検討点も多岐に亘ると思われる。法制審議会で十分な議論・検討がなされ、より良い制度設計が目指されることを期待する。