DATE
2026年02月06日
ゴードン・ブラザーズ・ジャパン
代表取締役社長 堀内 秀晃
2026年5月25日に事業性融資の推進等に関する法律(以下「事業性融資推進法」)が施行される。施行に向けて、信託契約等の雛型作成が最終段階を迎えており、金融機関の中には準備を行っているところもあると聞く。金融審議会 事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ(以下、「WG」)の委員として、また事業性融資推進法の作成に参画した者として、企業価値担保権を活用した融資(以下「企業価値担保権付き融資」)を行う金融機関にとっての現状の主な課題を抽出、それらに対するコメント並びに筆者の予想する企業価値担保権付き融資の活用法について述べてみたい。
■ 企業価値担保権の課題
事業性融資推進法は文字通り、事業性融資を推進していくことが目的ではあるが、法律の殆どが企業価値担保権について割かれている。したがって、実質は企業価値担保法と呼んでも過言ではない内容となっている。企業価値担保権は様々な経緯を経て出来上がった故に特徴がある一方で、その活用に際しては課題も多いと思われる。本稿では、まず、主な課題を抽出し、これらに対する自分なりのコメントを示してみたい。尚、当然ながら、本稿の内容は全くの私見であり、金融庁と打ち合わせた内容ではない点を付言させて頂く。
(1) 金融機関として企業価値担保権付き融資を必ず実行する義務
企業価値担保権は確かに金融庁が主導して導入していく新たな担保制度ではあるので、必ず企業価値担保権付き融資を実行しないと、後々、実行金額や実行件数の報告を通じて金融庁からトレースをされるのではないかという懸念が金融機関の中にある。
金融庁としては、企業価値担保権付き融資の件数、金額に目標を定めているわけではないので、金融機関において、事業性融資推進法施行後も企業価値担保権付き融資を行う義務はない。根本的理解としては、企業価値担保権は新たな担保制度ではあるものの、既存の担保制度を置き換えるわけではなく、追加的選択肢としての位置づけにある。したがって、適切なケースで利用すればよいということである。
(2) 一行融資
企業価値担保権は総財産を担保にするので、メインバンクが一行で企業価値担保権付き融資を行ってしまうと、サブメイン以下の融資が弁済になり、メインバンク以外の金融機関の融資取引の機会が失われるのではないかという懸念が金融機関の中にあると聞く。
確かに企業価値担保権は総財産を担保にするので、メインバンクが相対の企業価値担保権付き融資で既存融資を全額リファイナンスしてしまうと、メインバンク以外の金融機関の融資はなくなってしまうが、メインバンクの企業価値担保権付き融資をシンジケートローンにすれば、メインバンク以外の金融機関もシンジケートローンへの参加を通じて、融資の機会を得ることができる。但し、シンジケートロ-ンであるので、各金融機関の条件(期限、弁済条件、金利、担保等)は同じであるので、借入人と交渉するチャンスはないかもしれず、提示された条件で参加するかどうか、参加するとすれば金額を幾らにするかといった選択権しかない。
(3) 暖簾担保
企業価値担保権では借入人の総財産を担保対象とし、その中には暖簾等の無形資産も含まれる。現行の法制度では暖簾を個別資産として担保に取ることは不可能であった処、企業価値担保権の導入により、初めて暖簾の担保化が法的に可能になる。しかし、ここで言う暖簾は借入人の「貸借対照表上の暖簾」ではなく、継続企業価値と個別資産の処分価値の総和の差のことである。貸借対照表上の暖簾は一時点の時価と簿価の差額を計上し、それをその後、一定の会計原則に基づいて償却していった残額であり、ある時点の継続企業価値と個別資産の処分価値の総和の差とは殆ど関係がない。借入人が行き詰まり、借入金の利払いができなくなった時点では株主価値は大きく毀損し、「貸借対照表上の暖簾」は価値を失っていると思われるが、それでも、清算価値保障原則が成り立つのであれば、暖簾は存在することになる。
個別資産に担保を付けて融資をした後に借入人が法的整理に入り、事業が売却された場合、担保権者が優先的に弁済を受けられるのは、民事再生の場合は担保設定を受けた個別資産の処分価値の総和までとなるが、企業価値担保権付き融資の場合はネットの売却代金から共益債権、不特定被担保債権を控除した金額が担保権者の取り分となるので、どちらが高いかはケースバイケースであるが、控除される債権額が少なければ企業価値担保権の方が回収面で有利になる。
(4) 信託ストラクチャー
企業価値担保権では貸付人が借入人に直接融資をしたり、借入人の総財産に直接担保設定を受けたりすることができず、必ず信託ストラクチャーを利用しなければならない。中小企業や規模の小さいベンチャー企業向け企業価値担保権付き融資が少額であるとすると、融資額の割にストラクチャーが複雑で、手間がかかるので、これらには信託ストラクチャーは向かないと考えられている。
企業価値担保権付き融資の信託は担保権信託であり、これを活用した融資の経験がある金融マン(ウーマン)の数には限界がある。また、事業売却後の残骸会社の清算・閉鎖費用見合いの不特定被担保債権の債権者も受益者となるので、受益者が特定被担保債権者(融資の債権者)と不特定被担保債権者の2つある点も、通常の信託ストラクチャーとは異なり、複雑と言える。中小企業や小規模ベンチャーの借入人に説明をして、理解してもらっても、融資額が少額であると、契約書作成等の手間は見合わないかもしれない。そういった懸念に応えるべく、金融庁は、筆者も委員として参加した「企業価値担保権信託契約等の書式に関する勉強会」を組成、大手弁護士事務所の金融、信託に強みを有する弁護士が中心になって信託契約や融資契約の雛型を作成した。これによって、契約書の雛型は準備され、解説書を読めば、条文の意味するところも理解が進むように手配された。こういった事前準備と金融庁による説明会を通して周知が図られているものの、新たな担保権の活用については不透明な部分があるのは、信託を活用するストラクチャーが影響していることもあるのであろう。
(5) 不特定被担保債権の存在
企業価値担保権付き融資においては、企業価値が担保価値になると謳っておきながら、一方で労働債権、租税債権といった共益債権は随時に支払われ、裁判所の許可によっては商取引債権まで支払われる可能性があると、実際に担保権実行や任意売却等によって事業が売却されても企業価値担保権付き融資の貸付人の手許に残る金額は少なくなり、それに加えて不特定被担保債権と称して、無担保債権者のために留保を認めると、担保権として脆弱なものとなるのではないかとの指摘がある。
租税債権や労働債権の優先性は一般的な話であり、個別資産の価値が継続企業価値からそういった共益債権を控除した金額より高いと上記の指摘には一理あることになるが、貸付人としては、そこまで継続企業価値が減少する前に事業売却に持っていきたいところである。
不特定被担保債権という名称から得体のしれない債権のようなイメージはあるが、これは、事業売却後にもぬけの殻になった借入人の清算を行い、企業として閉鎖する費用を留保することが目的であり、金額は事業の売却代金によって決まる。売却代金が1億円で5百万円、5億円で6.2百万円、5億円を超える部分は0.05%であるので、5億円以上になると、売却代金の増加に対する不特定被担保債権の増加額は微々たるものになる。したがって、事業売却代金が5億円以上となる会社が借入人として相応しいように見える。
(6) First Priming Lienの欠如
法的倒産時に裁判所の許可に基づき既存の企業価値担保権に優先する企業価値担保権を認めるというのが、First Priming Lien(以下、FPL)のコンセプトである。米国で導入されて久しく、この制度を活用することで、米国では相応の規模を有する企業の再建型法的整理であるChapter 11ではDIPファイナンスが活用され、再建までの資金需要に対応する。この制度は判例の積み上げをベースに法文化されたものであり、判例法の国らしい発展の仕方である。一方、成文法の国である日本では同様の発展は困難で、倒産法の改正が必要となるであろう。大型メーカーが日本にFPLがなく、DIPファイナンスを取りにくいから、米国でChapter 11を申請したという事例を耳にしたが、そうであれば、尚更、倒産法の改正が必要になるであろう。
■ 企業価値担保権の活用
どのようなケースで企業価値担保権が活用されるのかは施行を待たざるを得ないが、ここで、個人的且つ希望的推測をしてみたい。
元々、全資産担保融資という名目で行われてきたプロジェクトファイナンス、LBOファイナンスは総財産担保の企業価値担保権付き融資に馴染みやすいと思われる。これらのファイナンスは金額が大きい案件が多いので、信託ストラクチャーを活用することも経済的に意味があるようにも思える。元々、経営者保証や不動産担保に過度に依存した融資ではないので、現状の担保より簡易で安価な担保制度というメリットに終始する。特に契約の地位譲渡の予約も含めて担保になる点、プロジェクトファイナンスには向いている。LBOファイナンスについては暖簾が担保になるという意味で保全が改善するというメリットがあるが、実働会社に融資を連帯保証させて、その連帯保証債権を被担保債権とする企業価値担保権の設定を受けるというワンステップを要する点には留意を要する。
中堅企業の成長資金ニーズにも十分対応可能で、ここで利用する意味としては、従来の経営者保証や不動産担保に依存した融資からの脱却が図られる上に、企業価値担保権付き融資は有担保融資の全額リファイナンスを前提にしているので、実行後は企業価値担保権付き融資のみとなり、全ての金融機関の貸出条件が均一となるので、キャピタル・ストラクチャーが単純化され、金融機関との交渉も効率的になるという効果がある。全国の中堅・中小企業には企業価値担保権付き融資で全額リファイナンスができる状況にまでキャッシュフローをもっていくように目指して欲しい。
再生ファイナンスでの活用はスポンサーの目途が立っている等、行き詰まるリスクが殆どない状況で行うことが望ましい。FPLが導入されたら、行き詰まった際もこれを用いてDIPファイナンスを導入し、再生することも可能であるので、それまで、ハイリスク先への適用は慎重に行うべきである。
ベンチャーデットはある程度業歴や規模のある会社で上場や事業売却による弁済が現実的な先に向いている。次のシリーズまでの繋ぎ資金を出すベンチャーデットもあるが、短期の少額の融資に止まる可能性が大きいのであれば、信託ストラクチャーが重荷になるかもしれない。
上記以外にも様々な状況、会社に企業価値担保権付き融資を活用できる可能性はあるものの、何れにせよ、全額リファイナンス、事業承継や買収に伴う株主変更、カーブアウト等による新たな会社の設立といった所謂コーポレート・イベントの際に導入しやすいファイナンスであろう。